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2013北イタリア旅情 ツアーの報告8〜パドヴァ・スクロヴェーニ礼拝堂〜

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    ここからパドヴァ市街に向かう。
    次なる見学地は、ジョットの最高傑作ともいえるフレスコ画が残るスクロヴェーニ礼拝堂だ。
    (Cappella degli Scrovegni)

    ジョット(Giotto)は、「近代絵画の父」と称され、それまでの平面的で図像配列中心だった
    キリスト教絵画に「三次元的空間」と「人物の感情表現」を取り入れた偉大な画家
    であることは、よく知られている。

    一般的には、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂内部を飾る「聖フランチェスコの一生」の
    特に<小鳥に説教をする聖フランチェスコ> が有名だが、フレスコ画の完成度、
    また画家が円熟期の力量を存分に発揮しているという点では、このスクロヴェーニ礼拝堂
    はアッシジの比ではなく、ジョット芸術の真髄を知るためには、欠かすことのできない神聖
    な場所だ。

    スクロヴェーニとは、この礼拝堂建設の資金を提供したエンリコ・デイ・スクロヴェーニ
    (Enrico degli Scrovegni)のことで、キリスト教では罪深い行為とされていた<高利貸し>
    業で財を成した一族の出である。
    エンリコの父レジナルド(Reginaldo)は、ダンテが出会う高利貸しとして、「神曲」にも登場
    するし、近年の研究ではエンリコ自身も高利貸しだったとされているようだ。
    そんな自身や一族の罪が少しでも許されるようにと、大金をこの礼拝堂建設に投じたのだ。

    現在のパドヴァは、人口が約21万人のイタリアでは中規模の地方都市である。
    「学者のパドヴァ人<padovani gran dottori>」とは、イタリア人からみたこの街の形容句
    だが、その名にふさわしくイタリアで2番目に古い歴史を持つパドヴァ大学(1222年創立)は、
    今でも特に医学部が有名だ。古くは、ダンテやペトラルカ、またガリレオが教鞭に立ち、「地動説」
    で名高い若き日のコペルニクスもここで学んだ。

    文化人が集まり、高いレベルの文化が育まれていたここパドヴァに招かれたジョットに、
    今日『西洋美術史上、もっとも重要な作品』と評されるスクロヴェーニ礼拝堂の
    「聖母マリアの生涯」や「キリストの生涯」など一連の壁画制作が任されたのは1303年
    のことだった。
    制作はわずか2年間で完成している。

    こうしたジョットの足跡が、その後、北イタリアルネッサンスの大家アンドレア・マンテーニャ
    (Andrea Mantegna)を輩出し、フィリッポ・リッピ(Filippo Lippi)や彫刻家ドナテッロ
    (Donatello)の滞在を促し、また建築家パッラーディオ(Palladio)もこの地で誕生するなど、
    イタリアルネサンスに少なからぬ影響を与えたであろうことは想像にかたくない。

    11時を過ぎて、大分気温も上がってきた。
    古代ローマ時代の競技場跡を抜けて、スクロヴェーニ礼拝堂見学のチケットオフィスに入る。
    全ての荷物はロッカーに預けなければいけない。
    ここもカメラ不可なので、記憶に刻んでおかなければ・・・




    チケットオフィスから木陰を通り、前方の礼拝堂の建物に進む。




    スクロヴェーニ礼拝堂正面。
    入り口を入って背中側の壁が「最後の審判」、正面の壁に「受胎告知」がある。
    見学用入り口は礼拝堂裏側。

    礼拝堂内部の大掛かりな修復以降は、作品の保護、保存のため、見学者はまず
    ビデオ上映室で15分この礼拝堂の歴史やパドヴァについての紹介ビデオを見せ
    られる。この部屋は一種の入室準備室で、15分間で、見学者の体に付着した
    ほこりなどが取り払われ、湿度が調整されるしくみになっているようだ。
    ビデオが終了していよいよ入室だ。

    エンリコの時代は、裕福なスクロヴェーニ家の館がこの礼拝堂に隣接していて、
    一族のものは館から直接入れた、とビデオで解説していたが、今はポツンと礼拝
    堂だけが取り残されたように建っている。

    通路を進み一歩足を踏み入れた。


    参考写真

    なんという荘厳さだろう。
    高い窓から差し込む日の光の中で、空間全体が透明感をもって迫って来る
    ような錯覚におそわれる。
    一枚一枚のフレスコ画が鮮やかな色彩を織りなし、礼拝堂全体を覆っているのに、
    決してそれらがぶつかり合うことはなく、全体としては静かな調和に満ちたエネル
    ギーが空間を包み込んでいる。
    <聖母マリアの生涯>や<イエスの生涯>の一こま一こまの物語を眺めている
    うちに知らずと穏やかな気持ちになり、なんとも居心地がよい。


    参考写真:ユダの接吻


    参考写真:十字架降下(左)、東方三博士の礼拝(右)



    参考写真:「最後の審判」の一部。聖母に礼拝堂を捧げるエンリコ。


    「高利貸しとしての罪を洗い清めたい」、「許されて天国に行きたい」、
    そんなエンリコの切望をくみ取った巨匠ジョットの才能が、700年の
    時を経て今なお、世界中から訪れる人々を絶対的な静寂と安らぎの
    世界に連れ出してくれる。

    ここを訪れたのは、まだ2000年の修復が始まる前と修復直後、そして今回が3回目
    だったが、これほどの感動を覚えたのは初めてであった。
    イタリアは同じところに何度行っても毎回違った趣がある、とはよく言われる
    ことだが、身をもって痛感した次第である。

    内部にとどまれるのはわずか15分。
    退室を促す鐘が鳴る中、皆名残惜しく名作を後にした。

    おなかもすいてきて、これからランチタイムだ。
    地元のイタリア人ガイドが推薦したという、パドヴァっ子に人気のレストラン
    <アンティコ・ブローロ>に到着。




    店内は、ライトグリーンとショッキングピンクのテーブルクロスでモダンに
    コーディネートされ、お洒落な雰囲気が漂う。


    なぜか旧式ヴェスパ?や盆栽が置かれた不思議なインテリアの店内



    今しがた観てきたジョットの圧巻の世界についておしゃべりしながら、
    お料理を待つ。

    まずはイタリア料理の基本中の基本、トマトソースのスパゲッティから。
    これぞまさにイタリア人にとっての「マンマの味」。
    シンプルなだけにごまかしがきかず、この料理がおいしい店は、
    大概何を食べてもおいしいものだ。



    美味しい!!
    最近日本でもよく見かける、真中がくぼんだ白い皿にソースのオレンジ色が
    絶妙なコントラストで映え、目でも満足感十分のプリモだ。

    続いてのメインは、鶏もも肉のオーブン焼きポテト添え。


    写真提供:工藤 修氏

    鶏肉がホロホロして、ローズマリーの効いた味付けも程良い塩加減。
    食べやすい大きさのポテトの角切りも、お肉にぴったりの付け合わせだ。

    どちらも気取らないお料理だが、こんなレストランで食べるとちょっと特別な感じがする。

    そして締めは、レモンシャーベット。



    きれい!
    うす焼きビスケット生地の上に甘酸っぱいシャーベットがのっかり、
    下にはラズベリーソースが敷かれている。
    シャーベットのほんわりとした白と黒い皿の配色、一面に散りばめられた
    粉砂糖と、なんともお洒落なデザートではないか。

    さすがに地元の人が褒めるだけあって、どれも心のこもったお料理ばかり。
    レストラン貸し切り状態でゆっくり頂いたパドヴァのランチは、大満足だった。

    2013夏の北イタリア旅情 ツアー報告7〜パドヴァ編・ヴィッラ・フォスカリ〜

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       【4日目  7月21日(日)】

      [今日のスケジュール]
      午前 パドヴァ近郊 ヴィッラ・フォスカリ見学
          パドヴァ市内 スクロヴェーニ礼拝堂

      午後 ヴェローナ観光
          
      夜  アレーナで野外オペラ<アイーダ>鑑賞

      *ツアーの日程詳細は「ツアー紹介」をクリックしてください

      2泊したヴェネチアのホテルをチェックアウトして、今日は次なる都市へ移動だ。
      午前はパドヴァで2スポット、午後からヴェローナへ移動して観光後、
      夜は今回のツアーの目玉企画の一つでもある、野外オペラ鑑賞と
      結構盛沢山の一日になりそうだ。

      モーターボートタクシーで大運河を進み、
      今日からミラノ到着までの4日間利用する専用バスが待つトロンケットに着いた。



      一行15名に対して総席数53席の大型バスは、シートが柔らかい上ピッチも広く、
      快適なドライブが楽しめそうだ。
      出発後間もなく、バスは潟の中をまっすぐ本土に向かって伸びる道路に出た。
      右手を鉄道専用路が並行して走る。
      ヴェネチアの島が後方に次第に遠のいて行く中、映画「旅情」のシーンがよみがえる。



      30分ほどで、最初の訪問先であるヴィッラ・フォスカリがある小さな町
      マルコンテンタ(Malcontenta)に到着する。




      この辺りは、ブレンタ運河沿いの往時の貴族の大小の別荘が立ち並ぶ一帯で、
      現在は博物館として一般公開されているもの、今なおプライベートハウスとして
      使われているもの、中には用途を変えてレストランやホテルとして利用されてい
      るものなど、多岐に渡る。

      貴族たちにとって、ヴェネチアからそう遠くない本土の運河沿いに別荘を持つこと
      は一種のステイタスシンボルであり、ここは余暇を楽しむ場であると同時に、農場
      経営といった現実的な側面も満たしていた。

      ヴェネチアから船でゆっくりとブレンタ運河を下り、優雅な舟遊びに興じた貴族たち
      の面影は、ヴェネツィア・パドヴァ間を定期運航している「イル・ブルキエッロ
      Il Bruchiello」社のツアーに重ねることができる。

      私は一度この船旅を利用したことがあるのだが、そう広くない運河の両側に木々が
      生い茂り、やがて小さな町を過ぎ、途中何度か水門が閉ざされそしてゆっくり開かれ・・
      と、前日までのヴェネチアの華やかさとは無縁の、ヴェネト地方の田舎ののんびり
      とした時間と風景に包まれることができた。

      ただあまりにもゆっくり過ぎてかえって落ち着かなくなり、「せっかちな日本人」で
      あることを痛感させられた記憶がよみがえる。そういえば他の外国人たちは、時
      の流れに身を任せて結構楽しんでいるようだったなぁ。

      今回は、運河沿いの貴族の邸宅とはいかなるものか、を見学するが目的だった
      ので、バスであっという間の移動だ。

      バスを降りた直後、一隻の船がヴェネチア方面からやってきた。

      ここで面白い光景に出くわした。




      運河にかかる道路は何と開閉式になっていて、船が通過する際は道路全体が
      大きく回転して船が通れるスペースをつくる。通過後再びゆっくり回転して、元の
      対岸につながる道路に戻るのだが、その間5分程、人も車も通行止め。暫しの
      のんびりタイムを楽しむ。

      手前の赤と白の仕切りは、鉄道でいえば踏切の遮断機。
      道路と運河の境に船の通過時に登場する。
      船の後尾奥には回転した道路が見える。



      1.通常時の運河にかかる道路






      2.船が近づくと、手前から時計方向に道路が回転を始める




      3.遮断機の前で待つ私たちと係員のおじさん



      4.道路がゆっくり戻ってきて、間もなく通行再開




      今回見学するのは、「ヴィッラ・フォスカリ Villa Foscari」。「ラ・マルコンテンタ
      la malcontenta」の別名でも知られる。地名である他、イタリア語では「不満
      な」という意味で、愛人遊びが過ぎて当主の怒りをかった夫人がこの別荘への
      居住を強いられてご不満だったから・・・との説があるが、真偽のほどは定かで
      はない。


      写真提供:工藤 修氏



      写真提供:工藤 修氏

      鉄格子の向こうには緑の庭が広がっている。
      鍵を持ってやってくる門番の女性



      ヴィッラの真後ろに広がる一面の芝生。
      昔はここが農園としても使われていた。


      ヴィッラ・フォスカリは、1555年にルネッサンスの大建築家、アンドレア・パッラーディオ
      (Andrea Palladio)によって設計されたもので、彼の代表的なヴィッラの一つに
      数えられる。ブレンタ運河沿いでは唯一のパッラーディオ作品だ。
      小ぶりながら天才らしいセンスが散りばめられ、特に運河に面した正面側はローマの
      神殿を彷彿させる堂々とした、そして独特の景観を造り出している。



      格式高い様式とは正反対に建築素材は極めて質素で、ここが都市生活の
      華やかさから逃れてきた際の田園生活の場、ということを十分に考慮した
      建築家の意図が反映されている。

      内部は写真不可だったが、当時のフレスコ画が2階の各部屋を飾り、あでや
      かな時代の生活をしのばせてくれた。

      ここは、現在もフォスカリ家が所有する建物で、3階は完全なプライベート空間
      になっているため非公開だ。この日も当主のお客様がこれから来る・・と門番
      の女性がはなしていた。

      大建築が設計した500年近く前の由緒ある邸宅、
      大貴族だった先祖が残してくれた遺産の中で過ごす時間、
      現代のフォスカリ氏は何を思うのであろうか。





      ヴィッラの裏側は正面とは全く違う趣をもつ。
      2階の大きな窓から眺めた緑の芝生の風景は、かつてそこに田園が広がって
      いた時代にタイムスリップさせてくれた。

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