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2013夏の北イタリア旅情 ツアー報告9〜ヴェローナ観光〜

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    ランチを終えて、約80キロ先にあるヴェローナに向かう。

    今回のツアーは、北イタリアを東から西(途中ドロミテ観光は北上)へと移動するが、
    その間ヴェネト、トレンティーノ=アルトアディジェ、ロンバルディアと3つの州に滞在する。

    ヴェネチアはヴェネト州の州都、
    ヴェローナは州内に7つある県のうちでヴェネチア県に次ぐ規模をほこる
    ヴェローナ県の県庁所在地にあたる。

    「ロミオとジュリエット」の町、としてもよく知られている。
    高台から見下ろすと、アディジェ川の向こうに茶褐色に統一された美しい街並みが広がり、
    中世の町というイメージだが、建設の起源はローマ時代にまで遡る。
    町を代表する観光スポットであるアレーナ(古代円形闘技場)は、まさに古代ローマ
    そのもので、規模はローマのコロッセオに次ぐとされる。


    写真提供:進藤 智恵美氏

    今回は、ヴェローナ旧市街の散策に加え、この時期ならではの大イベント、
    「アレーナでの野外オペラ」鑑賞が滞在の大きな目的だ。

    古代遺跡を会場にした野外のオペラでは、おそらく世界で一番有名ではないだろうか。
    比較的保存状態の良い遺跡であること、
    上演されるオペラのスケールが大きいこと、
    「ロミオとジュリエット」ゆかりの街という抜群の知名度とロマンチックな雰囲気、
    オペラファンならずとも、一度は観てみたいと思わせる何かがここにはある。

    まずはホテルチェックイン。
    この時期、オペラ鑑賞のために早くから予約が殺到してなかなか旧市街に宿を
    とることは難しい。
    今回はラッキーにも、アレーナまで徒歩5分弱という立地条件抜群のホテルが取れた。
    この旅行では唯一3つ星ホテルだが、ここは地の利優先で良しとしよう。

    ガイドのカティアさんがロビーで首を長くして待っていた。

    まずは、今夜の会場となるアレーナが建つ広いブラ広場に向かった。



    写真提供:立田 厚子氏

    けだるい夏の午後で、さえぎるものもほとんどないこのあたりは、観光客も少ない。


    写真提供:立田 厚子氏

    ここは古代ローマ時代に円形闘技場として使われていた娯楽施設である。
    帝国の首都ローマをはじめとして、各地に点在していた。
    ライオンやトラの様な猛獣どうし、あるいは人間と猛獣の闘い、もっとも人気があったのが
    剣闘士と呼ばれた奴隷たちによる、人間同士の闘いであった。
    勝負は生きるか、死ぬか。もし4回勝ち抜けば奴隷の身分から解放される、というご褒美が
    与えられており、自由の身をかけての死闘がかつて繰り広げられていた場所だ。

    長径152メートル、短径128メートルの楕円形の建物は1世紀の建造物で、往時は
    3層からなる外周で覆われていたが、1117年の地震でその外周のほとんどが崩壊し、
    現在は写真のように一部がわずかに残るのみとなっている。

    ヴェローナ近郊産のピンク色の石と、白い石でできたこの建物は優しい色合いで、
    かつてここで残忍な催しが行われていたことが嘘のようだ。

    今年はヴェローナ野外オペラ100周年にあたるため、
    アレーナ周辺にはさまざまな大型ポスターが飾られていた。





    旧市街のスタートは、まず「ジュリエットの家(イタリア語ではジュリエッタ)」。
    13世紀の古い建物で、
    「ロミオ、ロミオ、なぜあなたはロミオなの?」と嘆いたあのバルコニーが
    中庭に面して伸び、さっそく訪れる人の期待にこたえてくれる。


    写真提供:進藤 智恵美氏

    現代のジュリエッタが、見上げる観光客の前に次々と姿をあらわす。
    ちなみにこのバルコニーは、世界中から集まる観光客のために
    あとから付け加えられたもの。

    中庭の真ん中にある金色のジュリエッタ像の前も、大混雑だ。
    彼女の右胸に触ると、「幸福が訪れる」とされていて朝から晩まで行列が絶えない。
    ヴェローナの旅の思い出に私たちもパチリ。



    パチリ。



    パチリ。



    さらにこちらもパチリ。




    ジュリエッタの家の喧騒から離れて、裏通りをやや進んだところに
    今度は、「ロミオの家(イタリア語ではロメオ)」があった。
    現在もプライベートな住宅として健在で、中には入れない。
    ひっそりとしたたたずまいに一瞬中世に舞い戻ったような錯覚を覚える。




    ここから、ヴェローナの領主であった「スカラ家の廟」に向かう。
    スカラとは、階段(はしご)を意味するイタリア語で、廟を囲う鉄作の模様も
    このはしごの紋章で飾られていた。



    マスティーノII世(左)とカングランデ(右)の墓
    写真提供:進藤 智恵美氏

    ちなみにミラノの有名なオペラハウスの「スカラ座」は、
    ここスカラ家から嫁いだ妃にちなんでつけられたものだ。

    最後は、ヴェローナの政治の中心だった「シニョーリ広場(Piazza dei Signori)」。
    領主が住んでいた14世紀の「スカラ家の館」を正面に、右は12世紀の市庁舎、
    左が16世紀のコンシリオの回廊と、時代の異なる建物が一つの空間に調和をもって
    しっくりと配置されている。


    写真提供:進藤智恵美氏

    かつて、ヨーロッパを2分した教皇派(グエルフィ)と皇帝派(ギベッリーニ)の時代、
    皇帝派を指示するダンテは、教皇派の町だった故郷フィレンツェを追われ、ここ
    ヴェローナで亡命生活を送ったことがあった。
    広場の真ん中にダンテ像が立つのはそのためだ。

    正面のスカラ家の館の胸壁(最上部の梁)に見られる狭間も、この町が皇帝派だったことを示す、
    真中が凹んだ王冠型(V字型)になっている。
    *参考までに教皇派の狭間は四角型

    その後、15世紀にヴェネチア共和国の支配下におかれてからは、公共の建物には全て
    「翼のはえたライオン像」が刻まれるようになり、スカラ家の館のアーチの入り口にも、
    市庁舎の壁にもそのあとを見ることができる。



    ヴェローナ旧市街徒歩観光を終えると、夏の午後の暑さで疲労困憊。
    エルベ広場で解散し、ガイドのカティアさんお薦めの、ヴェローナで一番おいしい
    ジェラート店に駆け込み、冷たい甘さに生き返る心地だった。


    「アイスクリームはイタリアの芸術」と書かれたプレット(pretto)のアイス!


    ホテルに帰る途中目にした、中世と現代が絶妙にマッチしたヴェローナのさまざまな
    表情を紹介しよう。


    大技を披露する大道芸人たち。




    ヴィトンのお店とフレスコ画が不思議と溶け合う建物。




    オシャレな町ヴェローナは、ファッションも秋を先取り。




    写真提供:進藤 智恵美氏
    中世の城壁を背景に立ち並ぶバイク。












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