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総選挙、そしてコンクラーベ

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    イタリアはこのところ、選挙続きです。

    2月末の総選挙では、元首相ベルルスコーニ率いる中道右派が
    ぐんぐん勢いを増し、幸運にも大勝はしなかったものの上下院
    でねじれが生じ、この先の政局が危ぶまれる事態となっています。

    昨年ローマに行った折、ある友人が「モンティが首相になってから
    一つもいいことが無い」、と嘆いていましたが、大方の一般庶民の
    本音を代弁しているように思えました。

    そうは言っても、1年ちょっと前のベルルスコーニ辞任のときは、
    「ベルルスコーニは(家に)帰れ!」といきまいていた国民が、
    いくらモンティ政権の財政緊縮策が 厳しいからと言って、こんなに
    すぐに方向転換するなんて、日本では考えられない現象です。

    「政治関連でベルルスコーニの名前が出るならともかく、変なスキャンダルで
    話題になり、世界中の笑いものになるような人が首相をやってるなんて許せない」、
    とは友人アンジェラの言葉。
    これもまた、良識あるイタリア人の本音に違いありません。

    イタリア政局の今後は、ヨーロッパだけでなく世界経済にも大きな
    影響を与えます。
    かつてのローマ帝国時代や、ルネッサンス期のように世界をリードする
    輝きを一日も早く取り戻してもらいたいものです。



    そして、明日12日からは第266代ローマ法王選出の選挙、コンクラーベが
    始まります。




    サン・ピエトロ大聖堂。
    コンクラーベで選ばれた新法王は、正面2階の「祝福のバルコニー」に立ち、
    世界中に向けてメッセージを流す。



    昨日の新聞によると、選挙会場となるシスティーナ礼拝堂には選挙道具
    の一つ、名物ストーブが設置されたそうです。
    ストーブと言っても、寒さ対策ではありません。
    これで、選挙の投票に使った紙を燃やすのですが、前回のコンクラーベで
    すっかりおなじみになった、「煙突の煙」はこうして生まれます。
    決まったら白煙、決まらない時は黒煙。
    黒煙にするために薬品を一緒に入れて燃やすんだそうです。

    本命がいないと言われる今回の法王選挙。
    カトリックを取り巻く情勢もかつて無いほど厳しく、こんな中で新法王の座に
    つかれる方は想像を絶する重圧に対峙していかなければならないでしょう。
    高齢の方が選ばれたら、身体的にも相当のご苦労があるはずです。

    先日観たイタリア映画「ローマ法王の休日」−題名とは裏腹に思い映画でしたー
    のストーリーが思い出され、信者でもないのになんだかとても心配になりました。

    3月31日の復活際が晴れ渡った空の下で、新法王の下無事執り行われる
    ことを祈るばかりです。

    政治と宗教。
    どちらの道も、春に向かって希望のあるスタートが切れるよう
    ローマの明るい青空を思い出しながら
    遠く離れた秋田の地からエールを送り続けたいと思います。


    バチカンとローマ法王

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      2月11日に突然、ベネディクト16世が高齢を理由に退位を表明しました。

      ちなみに2月11日は、日本と同じくバチカン市国にとっても建国記念日ともいえる日で、
      イタリア王国成立後、バチカンの壁の中でイタリアと冷戦状態を続けてきた教皇庁が
      ラテラーノ協定により、イタリアとは別の世界最小の独立国家を 
      成立させたのが、1929年の2月11日でした。

      一般的に法王は終身職で、
      前のヨハネ・パオロ2世も長くパーキンソン病を患いながら
      26年5ヶ月在位し、84歳で世界中の人に惜しまれながら
      2005年4月世を去りました。


      このとき私はローマに住んでいたましたが、
      法王危篤のニュースが流れると
      人々がサン・ピエトロ大聖堂前の広場に集りだし、
      何日も野宿しながら法王の寝室がある宮殿の窓を見上げて
      法王のために祈りを捧げていたことを覚えています。

      葬儀当日は、参列関係者が約500万人がローマにいたそうです。
      たとえばブッシュ元大統領夫妻、フランスのシラク元大統領、イギリスのチャールズ皇太子、
      また宗教を越えて、イスラム教、ユダヤ教の国々の国家元首クラスも大勢駆けつけました。

      世界中の要人を迎え、この日は、市内ほぼ全域に朝から厳戒態勢が敷かれ、
      公共交通機関も一時全面ストップ。
      商店の多くは自主休業措置を取り、
      学校も休みとなりました。

      私はこの日、ローマ市内観光の仕事が入っていましたが、
      主要箇所には警官が立ち、道路も通行止めだらけで
      大変な思いをしたように記憶しています。

      観光した方にとっては、ある意味特殊な体験になって、得したような損したような
      複雑な思いだったことでしょう。

      さて、これからベネディクト16世の後任選びが始まります。

      先の選挙ですっかり有名になった「コンクラーベ」とは、法王選挙のことです。

      語源は「鍵をかけて」というラテン語で、昔は新法王が決まるまで
      選挙者の枢機卿たちを閉じ込めたことから
      こう呼ばれるようになりました。

      あのミケランジェロの傑作「最後の審判」が描かれた空間、システィーナ礼拝堂が
      コンクラーベの会場です。

      サン・ピエトロ大聖堂を正面にみて、そのならび右側に
      茶色い三角屋根の建物があります。
      これがシスティーナ礼拝堂で、その屋根からのぞく煙突から上る煙の色「白」か「黒」
      で選挙の結果を知らせるシステムになっているのです。

      前回2005年は、煙突に向かって世界各国の報道陣のカメラが向けられ、
      今か今かと選挙の結果を待ちわびていました。
      ローマの空気が汚れていることも関係するのかどうかわかりませんが、
      あの時、TVのニュースでみた煙は実際「白黒」判別つけがたい「グレー」でした。
      その後いっせいに鳴り響いた鐘の音で、決定を知った人が大半だったようです。

      間もなく、サン・ピエトロ広場前はあわただしくなり、
      コンクラーベ一色になるのでしょう。

      今回は、そんな喧騒とは無縁の
      冬の青空を背景にしたサン・ピエトロ広場の写真をお見せします。




      1月31日に撤去された、クリスマス名物のプレセピオ
      (イエスキリストの降誕を表す人形)が飾られている建物と高さ30メートルのクリスマスツリー

      ツリーの右にわずかにシスティーナ礼拝堂の三角屋根がみえていますね。



      次回は、季節遅れになりますが、このプレセピオについて
      書いてみたいと思います。

      ブログ開設にあたって〜秋田からイタリア、そして秋田まで〜

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         こんにちは。土田 満貴子(つちだ まきこ)です。

        このたび、長年の課題だったホームページをついに開設することができました。
        当サイトは、「秋田」「イタリア」をキーワードに特に秋田在住者のためのオリジナルイタリア旅行プランを紹介したり、私が15年のイタリア暮らしで感じたことや、グルメ、歴史、生活習慣などイタリアに関する様々な分野についての情報をご紹介するものです。

        今回は、簡単な自己紹介をさせていただきます。

         私は秋田市で生まれ育ちました。
         子供の頃から外国に強く憧れを持ち、なぜか近所の夕景色に見知らぬ外国の景色を重ね合わせ、いつかあの空の向こうの世界に行ってみたい、とワクワクしていたことを覚えています。


        ナポリ湾に浮かぶカプリ島から見下ろす紺碧の地中海


        大学時代のアメリカ西海岸を皮切りに、卒業旅行で初めてヨーロッパを訪れ、その後インドやタイなどアジア数カ国を回りました。
         海外旅行は好きでしたが、海外で暮らすなんて自分とは無縁、と思っていたのに東京での職場環境に疑問を感じ退社を決意。10年間のサラリーマン生活にピリオドを打ち、次へのエネルギー補給のためにイタリアで長期休暇を取ることにしたのです。


         
        世界遺産の景勝地、アマルフィー海岸の小さな町ポジターノ。
        白い家が絶壁にはりつくように立ち並んでいます。
        2012.5 撮影

        なぜイタリアを選んだか。
         それは、旅行中にみた冬のヴェネチアの運河に映える夕焼けがあまりにも美しかったからです。一目で魅せられてしまいました。卒業旅行で回った国々の中では最も印象が悪かったイタリアが、この時から私にとって他の追随を許さない、最も惹きつけられる魅力的な存在となったのです。

         イタリアをもっと知りたい、という思いからラジオ講座で独学を始めました。やがてイタリア語講座に通いだし、そのうちイタリア美術講座まで受講するようになっていました。
         そんな中での仕事への行き詰まり。ある朝目覚めた瞬間、「そうだ、辞めて1年間イタリアでゆっくりしてこよう」という突拍子も無い思いが頭に浮かんだのは、今思えば全てがイタリアに向けて繋がれた不思議な1本の糸だったような気がします。

         
        1993年秋、渡伊。シエナ、ローマと2都市で語学学校に通いながら暮らすうち、あっという間に親との約束の1年が過ぎ去ります。しかし、すっかり元気を取り戻していた私は、「一度きりしかない人生、一度は海外で仕事をしながら生活してみたい」と思うようになっていました。しぶる両親を説得して滞在延長許可をもらったあと、世界中から観光客が集る首都ローマで、観光の仕事を探すことにしたのです。誰一人ツテもない中、東京でのサラリーマン時代に鍛えられた『飛び込み営業』を実践し、ようやくある日本の旅行社で、現地係員としての働き口を得ることになりました。その後、ガイドの経験を積み、
        1999年には国家資格であるラツィオ州の公認観光ガイド試験にパスして、帰国する
        2007年までローマを中心にイタリア全土をご案内する仕事をしてまいりました。


        ローマから北へ約120キロ、オルヴィエート近郊の1軒屋レストラン、ヴィッサーニの玄関。
        料理界のミケランジェロと称されるヴィッサーニ氏が経営するミシュラン2つ星の高級店。
        2012.9撮影


         28年ぶりに郷里に戻って再々スタートを切ることになった私は、今度は秋田の一人でも多くの方々に、私があしかけ15年暮らしたイタリアの素晴らしさを紹介したい、見ていただきたい、と願うようになり、そんな思いがイタリア旅行の企画から添乗、ガイドまでトータルでコーディネートするクリエイション・マキの立ち上げに結実しました。

         住んだ者の視点から、また現地で案内に携わった経験から、他の団体旅行とは違った、
        『ゆっくり』・『おいしい』・『思い出に残る』至福のイタリアオリジナル旅行をご提案して、
        イタリアを心から楽しんで頂く、それがクリエイション・マキの理念です。

         ブログでは、イタリアに関心をお寄せになるみなさまに食・ファッション・観光・歴史・文化など多岐にわたる分野で、私個人の経験や現地の最新情報などお知らせできればと思います。また、秋田におけるイタリア情報もご案内していくつもりです。

         秋田の虹の一端が空の向こうのイタリアにかかりますように!



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