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2013夏の北イタリア旅情 ツアーの報告5〜ヴェネチア午後フリー〜

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    さあ、これからランチタイムだ。

    まずは大運河を向こう岸に渡る。
    といっても橋ではなく、今回はトラゲット(traghetto)と呼ばれる
    渡しゴンドラを利用した。私も初めて体験した。


    グリッティ・パレスホテル前から
    真横に大運河を横切る。
    所用わずか3分ほど。
    先ほどの飾り付けた観光用ゴンドラとは違い、ごくごくシンプルなものだ。



    トラゲット乗り場から見えた対岸のサンタ・マリア・デッラ・サルーテ
    (S.M.della Salute)教会


    トラゲット乗り場に並ぶ観光用ゴンドラと水上バス(vaporetto)の船着き場Giglio





    写真提供:工藤 修氏



    写真提供:工藤 修氏


    ここから目的地のペギー・グッゲンハイム(Peggy Guggenheim)美術館まで
    細い路地が続く。

    アメリカの富豪で現代美術のコレクターでもあったペギー・グッゲンハイムは、
    大運河沿いの白い瀟洒な建物を購入し、30年近くここで暮らした。
    1979年に彼女が亡くなったあとも、ピカソ、カンディンスキーなど超一流の前衛芸術
    作品がならぶ美術館として一般に公開されている。



    イタリア初日のランチは、この美術館内のカフェに予約した。

    普通の団体ツアーではまずありえない。
    これも小人数のオリジナル企画ツアーだからこそできる選択だ。

    食事は、近くの高級レストラン「アイ・ゴンドリエーリ Ai Gondolieri」がケータリング
    しているらしく、味の方も期待できそうだ。
    せっかくのイタリアなのだから、食べる時は一食一食をおいしくしないともったいない!


    路地の突き当たりに美術館の入り口が見えてきた。




    入り口で入館料を払って、緑で囲まれた中庭の小さなレストランに入る。
    冷房のひんやりした空気と冷たいドリンクで生き返るような心地だ。






    サクッとした食感のビスケットはヴェネト地方ではよく出される




    写真提供:工藤 修氏
    大ぶりのサラダボールに新鮮な野菜がつまっている




    エビとアスパラのリゾットはコクがあっておいしかった!


    午後はフリーだが、結局1名以外は全員が一緒にお薦めコースを散策することになった。
    名付けて「名画を訪ねて対岸お散歩の午後」。コースは以下のとおり。

    アカデミア美術館
        ↓
    映画「旅情」の1シーン、サン・バルナバ広場
        ↓
    サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会
        ↓
    サン・トマからリアルト橋まで水上バスで移動
        ↓
    サン・マルコ広場



    まずは、ランチをしたP.グッゲンハイム美術館ほぼ並びのアカデミア美術館へ。



    アカデミア美術館は、ルネサンス期のヴェネチア派絵画の殿堂で、その作品の
    質の高さは他に類をみない。
    イタリア在住の頃一度訪れたことがあるが、残念ながらヴェネチア派を
    ほとんど知らずに観たので、大した記憶もない。
    今回は、自分のイタリア美術講座で数回にわたり取りあげたこともあって、改めて
    自分の目で確認したい絵画が幾つもあり、期待もふくらむ。


    まずはこの美術館の代名詞ともいえる“謎の名画”
    ジョルジョーネ(Giorgione 1476-1510)の「テンペスタ(嵐)」



    天才と謳われながら、わずか34歳の若さでこの世を去った画家の30歳頃の作品。
    思った以上に小ぶりの作品に驚く。
    全体がスフマート技法で柔らかく包まれるているのに、こちらを見つめる女性の
    まなざしは、なぜかそこだけがオブラートを剥いだ様にはっきりとこちらに注がれ、
    観る者を捉えて放さない。
    ヴェネチアの500年の変遷を見てきた彼女は、何を語ろうとしているのだろうか。


    今回もっとも印象に残ったのは、
    ティントレット(Tintoretto 1519-1594)の「奴隷を救う聖マルコ」だ。



    サン・マルコ同信会から依頼でこの絵が描かれたのは彼が29歳の時だった。
    ティツィアーノの工房から追い出された後、20歳頃には早くも独立して、この
    絵で衝撃のデビューを飾った。

    それまでの静かで抑制のきいた宗教画とは一線を画する、ダイナミックで激しい
    動きの絵は、そのあまりの革新性に当時は嫌悪感を抱かれたと言うが、なるほど
    G.ベッリーニやティツィアーノの優雅さとは異なる世界だ。

    彼の荒々しい筆使いや不穏な色彩表現は、私にとって心地よいものではなく、
    どちらかというと敬遠していた画家だったのだが、この作品は違った。

    大きな画面を突き破り、こちらにあふれ出してきそうな登場人物の動き。
    緊張高まる瞬間をさらに一層盛上げる、上から下方向への
    聖マルコのスピード感ある動き。
    目の前で繰り広げられるドラマにいつしか自分が巻き込まれていくような迫力だ。

    画集では決して感じることができない、まさに本物からしか得られない感動だった。

    「ミケランジェロの素描とティツィアーノの色彩を併せ持つ画家」。
    ティントレットが目指したものは、確かに彼の絵画に刻まれていると感じた。


    その他、カルパッチョ(V.Carpaccio 1460頃-1525/26)の「聖女ウルスラ伝説」
    シリーズの鮮やかな色彩も見事だった。
    (尤も、生牛肉の薄切り料理カルパッチョの色が絵画の中で使われている
     赤に似ている、とは私には思えなかったが・・・ちなみに料理名の起源はそこにある)、




    そして、以前は全く理解していなかったヴェネチア派絵画の創始者、
    ベッリーニ兄弟(Gentile &Giovanni Bellini 1429-1507 /1430-1516)
    の偉大さにも改めて気付かされた。




    弟ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子と六聖人、天使たち」


    次に向かったのは、映画「旅情」の有名シーン撮影場所。




    ヒロインがカメラを構えながらどんどん後ろに下がりすぎて、運河に落ちるあのシーンだ。
    サン・バルナバ広場(Campo San Barnaba)広場に立つ同名の教会の脇に
    映画の中ではヒロインの恋の相手が営む骨董店、として登場するお店もちゃんとある。

    現在は土産店になっていて、何でも最近日本のTVで紹介されたらしい。
    子供向けのデザイン性高いおもちゃや、ポップなカードなど
    カラフルな商品が2フロアに並んでいて楽しい。

    ここから午後のけだるい日差しを浴びながら、さらに先に進む。
    細い路地を幾つも通り抜け、やっと3つ目の目的地に到着。

    サンタ・マリア・グロリオーザ・デイ・フラーリ教会(修道士の栄光の聖母教会)だ。
    Basilica di Santa Maria Gloriosa dei Frari

    ここには若きティツィアーノ(Tiziano)が手掛けた祭壇画の傑作、
    聖母被昇天」がある。

    イタリアに住む前、一人旅でヴェネチアを訪れた冬のある夕方、私は道に
    迷ってしまった。あたりはどんどん暗くなり心細くなる中、ふと前を見ると
    大きな建物があり、何気なく入ってみるとそこは教会だった。
    日は既にとっぷり暮れて、内部もよく見えない。中央祭壇のあたりだけが
    明るくなっていて、自然に足がそちらに向く。
    突然、一枚の絵が目に飛び込んで来た。
    物悲しいような色調の照明の中、女性が宙に浮上していく姿が見える。
    ほの暗い中で、彼女がまとう衣の赤だけが強烈に浮かびあがり、
    天を仰ぎ見るそのシルエットは、背景の黄金色によって不思議な輝きを放っていた。

    私はただ呆然として、その崇高な世界を見つめ続けた。
    目をそらすことができなかったのである。
    絵を前にこれほどの戦慄を覚えたのは、後にも先にもこれが初めてであった。

    ここがS.M.グロリオーザ・デイ・フラーリ教会で、闇の中で遭遇したのが
    ティツィアーノの祭壇画「聖母被昇天」だと知ったのは、それからしばらくしてのことだった。

    私の中でティツィアーノといえば、ローマのボルゲーゼ美術館の「聖愛と俗愛」でも、
    またフィレンツェのウッフィツィ美術館の「ウルビーノのヴィーナス」でもなく、
    この「聖母被昇天」があれ以来ずっと不動の位置を占めている。

    その感動をお伝えしたい、との思いで今回の散策コースに組み込んだ。


    日中は、後陣の窓から差し込む太陽光が天上の世界を演出する


    今回楽しみにしていたもう一つのティツィアーノの名画、
    「カ・ペーザロの聖母」は修復中(あるいは貸出中)で残念ながら見ることができなかった。


    昨日大運河沿いに見たカ・ペーザロ宮は、名門貴族ペーザロ家の邸宅として
    建てられたもの。死後この教会に眠れるよう、「聖母被昇天」などを寄進した。

    ティツィアーノは、彼の名声を不動とした「聖母被昇天」と共にこの教会で
    永遠の眠りについている。

    この後は、水上バスに乗って大運河の景色を楽しみながら
    リアルト橋まで移動するはずだったが、
    サン・トマの船着き場でバスチケットがうまく買えず、
    やむなく予定を変更し、サン・トマから渡しゴンドラで対岸に戻った。

    その後、道に迷うハプニングがあったが、なんとか17:00頃ホテルに帰着した。






    2013夏の北イタリア旅情 ツアーの報告4〜ヴェネチア午前観光〜

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      【3日目 7月20日(土)】 

      今日のスケジュール
      午前 ヴェネチア観光(ドゥカーレ宮殿、サン・マルコ大聖堂、ガラス工房見学、音楽付きゴンドラ)
      午後 フリー

      *ツアー日程詳細は「ツアー紹介」をクリックしてください


      6時起床。
      同室のCちゃんは既に外出したようでベッドは空。
      カーテンを明けて見る窓の外は、まだ若干薄暗い。

      7:30、初日なので
      全員そろって朝食に向かう。


      写真提供:工藤 修氏
      フルーツや何種類ものパンが並ぶブッフェ



      運河沿いにあるレストラン。
      左手正面がホテルのメインエントランスで、運河が左手に回りこんだところが
      昨日のタクシーが着いた場所。


      レストランは屋根付きのオープンエアで、
      すぐ横の運河を通る荷物運搬のボートのエンジン音と水音が、
      真近に響いてくる。

      まだ朝のうちのせいか、
      太陽も建物の陰にあり、空気も幾分涼しめだ。
      テレビによると、ヴェネチアの日中予想最高気温は32度。
      暑い一日になりそうだ。


      8:30、流暢な日本語で案内をするイタリア人ガイドのマリオさんと
      ともにホテルを出発する。


      ホテルを出てすぐのオルセオロ運河に並ぶ営業前のゴンドラ


      正面の建物のアーチをくぐると






      サン・マルコ広場(Piazza San Marco)に出た!

      朝早いおかげで、人影はほとんどない。
      こんなサン・マルコ広場に出会えるとはなんとラッキーなことだろう。

      建物1階の中央部の白い屋根があるところが、
      老舗の「カフェ・フローリアン」(1720年創業)だ。

      映画「旅情」のシーンでお馴染みの戸外席は、ほとんど一日中来客が
      絶えることなく、このシーズンはカフェ専属の小楽団の生演奏も聞ける。
      しかし、戸外席料+BGM料が加算されて、小さなエスプレッソカップの
      コーヒーが1杯1000円以上、と値段も超高級。
      これもヴェネツィアならでは・・・と思いながらも、やはり財布には痛い。



      カフェ・フローリアンの静かな朝のひと時。こんな時間帯にゆっくりしてみたい。





      サン・マルコ広場を15人で独占して、涼しい日陰でマリオさんの説明を聞く。



      サン・マルコ小広場((Piazzetta S.Marco)からみる
      ヴェネチアのシンボル「翼のはえたライオン像」(左)と「聖テオドーロ像」(右)。
      この2本の円柱の間で昔は公開処刑が執行されていたそうだ。
      手前は「ドゥカーレ宮殿 Palazzo Ducale」(左)と16世紀を代表する建築物
      「国立マルチャーナ図書館 Libreria Marciana」(右)



      そろそろ、ドゥカーレ宮殿から太陽が顔を出す。
      これから暑い一日が始まりそうだ。

      ヴェネツィア観光の最初の場所、ドゥカーレ宮殿に向かう。  




      「ドゥカーレ宮殿」とは、ヴェネチア共和国時代の総督の居城で、今でいえば
      大統領官邸にあたる。
      建物の中に国会、各種行政機関、裁判所そして牢獄まで付属している
      総合庁舎のようなところだ。

      内部はヴェネチアを代表する一流の画家たちによる絵画で埋め尽くされ、
      美術館と博物館を一緒に見ながらヴェネチアの栄光を実感できる場所である。




      最初の見学箇所、宮殿3階へ続く入口から入ると・・・・




      輝く天井が待っていた。







      見事な黄金の化粧漆喰で飾られた豪華な天井がずっと続いている。
      ここは「黄金階段 Scala d'Oro」と呼ばれ、
      往時は貴族しか通れなかったという。

      途中踊り場で振り返ってみると、床の大理石モザイクが3Dで浮き上がってみえた。




      内部は写真不可なので、
      残念ながら各部屋の圧巻絵画はここでは割愛する。

      個人的には、大評議会の間の天井を飾るヴェロネーゼの
      「ヴェネツィアの平和と繁栄」の美しさに魅せられた。

      この部屋ではいつもティントレットの「天国」に気を取られ、
      正直なところ天井を眺めたことなどなかった。そこで今回は、
      あえて天井をじっくり見上げてみたのだが、輝くばかりのブルー
      を背景に浮かびあがるヴェネツィアの寓意像は、「平和と繁栄」
      そのもので、圧倒的な存在感を放っていた。




      宮殿内から撮ったサン・ジョルジョ・マッジョーレ島(San Giorgio Maggiore)と
      同名の教会。ルネッサンス末期の著名な建築家であるアンドレア・パッラーディオ
      (Andrea Palladio  1508-1580)の代表作のひとつ。
      内部にティントレット(Tintoretto)作「最後の晩餐」がある。



      宮殿内の裁判所から新牢獄にのびる通路は「ため息橋」と呼ばれる。
      この橋から外を眺め、この世に別れを告げて(決して出てこれないため)
      ため息をついたことから、この名がつけられたそうだ。





      実際に眺めるとこんな感じで外が見える。



      ため息橋の内部通路からみる飾り窓



      橋の外観はこんな感じ






      最後は中庭の堂々たる「巨人の階段」をみて、宮殿見学を終えた。





      続いて、ヴェネチアの信仰のシンボルである「サン・マルコ大聖堂 Basilica di San Marco」へ。



      聖マルコは、新約聖書の4人の福音書家の一人である。
      エジプトのアレキサンドリアで殉教したが、9世紀の初めにその遺体がヴェネチア商人に
      よってヴェネチアに運ばれてきた。この聖堂は彼の遺体を祀るために建てられたもので、
      それ以降、聖マルコはヴェネチアの守護聖人となってこの町を守り続けてきたのだ。

      聖マルコのシンボルは「翼をもったライオン」で、
      ヴェネツィアの街のみならず、
      後にヴェネツィア共和国の支配が及んだ多くの地で
      このライオン像をみることができる。





      サン・マルコ広場の時計台の上のライオン像




      聖堂は生憎正面が修復中だった。

      東方貿易で栄えたヴェネチアには、どこかオリエンタルな雰囲気が感じられる。
      この聖堂のクーポラも、
      たとえばローマのサン・ピエトロ大聖堂のものと比べても
      石文化の壮大さ、というより繊細で神秘的な香りを漂わせている。





      露出の多い服装の人は、入り口で呼び止められ、
      くすんだ金色の布で腕や足を覆うように指示されていた。



      内部は一面、金色に輝くモザイクの旧約聖書物語で埋め尽くされている。
      中央の一段と大きいクーポラから差し込む太陽の光が、
      天上からの光のように思える。

      ヴェネチアの繁栄と富が、「金」を「永遠の神」に重ね合わせて聖堂内に集約されて
      いるのだ。静かで力強い空間のエネルギーがじわじわと伝わってくる。


      聖堂内のモザイク模様の床
      必ずしも一面平らではなく、ところどころ斜めに傾いている


      ヴェネツィアの代表的なお土産といえば、
      何といってもヴェネチアン・グラスだろう。

      共和国時代は国の経済を支える重要な輸出品で、
      その技術が他にもれないようガラス職人たちは
      ムラーノ(Murano)島に幽閉されていた。


      今回は、サン・マルコ大聖堂からほど近い
      観光用にガラス作りを見せてくれる工房の一つに行った。


      高熱でやわらかく溶かされたガラス



      混ぜ込む鉱物によって、さまざまな色合いのガラスになる





      ヴェネチアン・グラスを代表する赤は、「金」を混ぜて作り出す




      観光の最後は、ゴンドラでの運河めぐりだ。
      3艘のゴンドラに分かれ、そこに歌手とアコーディオン弾きが加わった。



      バウアーホテル前から出発









      細い運河を進んで行く。




      情緒ある風景が次々と出てくる





      大運河に出ると、風景が一気に広がりをみせた。
      歌手もさぞかし気持ちがいいことだろう。


      写真提供:工藤 修氏




      写真提供:工藤 修氏

      あっという間の40分だった。

      2013夏の北イタリア旅情 ツアーの報告3〜ヴェネチア〜

      0
         タクシーはぐんぐんスピードを上げ、
        空港が瞬く間に小さくなっていく。



        タクシーボート後部席から見えるマルコ・ポーロ国際空港


        ボートのモーター音と後方に白く伸びる水しぶきが
        軽快なリズムを奏でる中、
        前方にヴェネチア島がどんどん迫ってくる。




        ほどなくして細い運河に入ると
        タクシーは一気にスピードを落とした。
        ここからは普通の町でいうところの市街地だ。


        運河の両側に立ち並ぶ家々


        運河の両側にほとんど隙間なく建物が続いている。
        この一つ一つの建物の中で、
        ここで日々暮らす人たちの多種多様な生活が
        繰り広げられているのだろう。


        「華やかな観光都市ヴェネチア」、とは違ったもう一つの顔。
        生活都市としての普段着の一面を感じさせてくれる
        裏通りの一風景だった。


        突然、前方正面に白い瀟洒な建物が見えた。
        カ・ペーザロ(Ca' Pesaro)だ!


        ヴェネチア・バロックを代表するカ・ペーザロ。
        現在は現代美術館、東洋美術館になっている。


        水面に沿った2つの玄関アーチはどっしりしているが、
        2階、3階はそれとは対照的に細長く軽やかで、
        水の都の表通りを飾るにふさわしいエレガントさを演出している。

        明日の午後は、サンタ・マリア・グロリオーサ・デイ・フラーリ教会で、
        ティツィアーノの名作「カ・ペーザロの聖母」を見ることにしている。
        この館の主人が依頼した絵だ。
        依頼主や画家が生きたその同じ場所で名画が鑑賞できる贅沢、
        これもまたイタリア旅行の醍醐味に他ならない。


        ここからヴェネツィアの表通り、大運河(カナル・グランデ)をしばらく進む。




        大運河にかかる4つの橋の中で最大の大理石のリアルト橋

        リアルト橋をくぐってから、再びその先の細い運河に入り
        間もなくホテルに到着した。


        写真提供:工藤 修氏
        タクシーはホテルの船着き場に到着。
        人が降りたあと、船長がスーツケースを降ろしてくれる。

        水の都へは、やはり船からのアプローチが似あっている。
        船が着いたところがこれから2日間の館、とはなんとも
        古のヴェネチア貴族気分ではないか!

        チェックインを済ませ、明日の予定など簡単に確認して、
        各々の部屋に分かれる。
        全室を一通り回り、問題がないかチェック。
        同じ階でも上がったり下がったり、やや複雑な部屋並びもある。
        古い建物を改装したり、隣の建物にまで拡張したせいだろう。
        水回りは全室近代的設備になっていて、ホッとした。

        時刻は20:00近いが、外はまだ十分明るい。
        皆さん相当お疲れのはずだが、寝るには早すぎる明るさだ。

        何人かが連れだって、さっそくサン・マルコ広場方面へ繰り出して行く。

        私は、イタリアの親友ロべルタが
        近郊の町キオッジャ(Chioggia)からわざわさ会いに来てくれることに
        なっていた。
        最近乳がんの手術を終えたばかりの彼女だが、
        今日のために体調を整えて、友人二人とお兄さんの4人でロビーで待っていてくれた。

        約2年半ぶりの再会だ。
        思ったより元気そうでうれしくなった。

        お客様5人が加わり、日本人6人イタリア人4人で簡単な夕食に出かける。
        ロべルタが、リアルト橋付近で絵を売っていた若い女性に聞き出して、
        対岸の奥まったところにある、住人お薦めというピッツェリアを目指す。


        戸外席は満席だったので、中へ




        パリパリした生地のクワットロ・フォルマッジ(quattro formaggi)”4種類のチーズのピッツァ"




        英語とイタリア語を交えての日伊交流


        日本からの長旅後とは思えないパワフルさで
        大いに盛り上がった一団。
        イタリア人とのこんな時間の過ごし方って、やっぱりいいなぁ。

        時刻は22時を回った。
        キオッジャまでの水上バス乗り継ぎ時間や、
        翌日の彼らの仕事事情、
        そして私たちも明日からのプログラムに備えて休養が必要だ。

        ホテルまで送ってもらい、再開を約束して別れを告げた。

        ベッドに入ったのはおそらく24時過ぎ。
        成田で5時半に起床してから、既に26時間近く経っている。
        長い一日だった。


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